インフルエンザウイルスは、ヒトに感染してインフルエンザを引き起こすウイルスである。

インフルエンザウイルスは

  • オルトミクソウイルス科に属し、
  • エンベロープをもつマイナス鎖の1本鎖RNAウイルス

であり、

  • A型
  • B型
  • C型

に分類される。

一般に、インフルエンザウイルスというとA型、B型を指す。

C型は構造や臨床症状の点でA型、B型と大きく異なる。

ゲノム構造

A型インフルエンザウイルス

A型インフルエンザウイルスの遺伝子は8つの分節に分かれている。それぞれの遺伝子の名前は、コードしているタンパク質から以下のようになっている。

  1. HA(ヘマグルチニン)
  2. NA(ノイラミニダーゼ)
  3. PA(RNAポリメラーゼαサブユニット)
  4. PB1(RNAポリメラーゼβ1サブユニット)
  5. PB2(RNAポリメラーゼβ2サブユニット)
  6. M(マトリックス蛋白)
  7. NP(核タンパク)
  8. NS(非構造蛋白)

M、NSの2つの分節からは選択的スプライシングによりそれぞれM1とM2、NS1とNS2の2種類のタンパク質が合成される。

M、NS以外の6つの分節からは1種類のタンパク質をコードしている。そのため、合計10種類のタンパク質が合成される

ウイルス粒子が構築される際、NS1以外の9種類のタンパク質は粒子内に取り込まれるが、NS1は取り込まれない。このため非構造タンパクと呼ばれた。

それぞれの分節において、翻訳領域の両端にはパッケージング配列と呼ばれる独特の遺伝子配列がある。この配列は、ウイルス粒子が合成されるとき、それぞれのウイルス粒子に8つの分節がそれぞれ1つずつ正しく分配されるために必要である。

B型インフルエンザウイルス

B型インフルエンザウイルスもA型と同じく8つの分節に分かれている。

A型との違いとして、NA、M分節の違いが挙げられる。A型ではNA分節が1種類のタンパクをコードしているのに対し、B型ではNA、NBという2種類の翻訳開始点が異なる遺伝子がコードされている。

また、A型ではM分節は選択的スプライシングによりM1、M2を合成するのに対し、B型ではM1、BM2という翻訳開始点が異なる2つの遺伝子がM分節にコードされている。

BM2タンパク質はA型のM2とは異なり可溶性であり、エンベロープには発現しない。A型のM2の役割はNBが担っている。

NBはM2阻害薬であるアマンタジンの阻害を受けないため、B型にはアマンタジンは無効である。

NAはA型と同じであるため、ノイラミニダーゼ阻害薬はB型にも有効である。 

C型インフルエンザウイルルス

C型はA型とB型が共通して持つHA、NAといったスパイクがなく、代わりにHE(ヘマグルチニンエステラーゼ)というHAとNA両方の役割を持つ1種類のスパイクタンパクを持つ。

また、M分節の発現機構がA型、B型とは異なる。選択的スプライシングによりM1とP42という2種類のタンパク質を合成した後、P42が宿主の酵素によりM1’とCM2に切断される。

このCM2タンパク質がA型のM2と同じようにプロトンチャネルとして働くと考えられている。

増殖サイクル

ウイルスの吸着

まず宿主細胞の表面に吸着する。

この吸着に関わるのがスパイクタンパク質である。これはエンベロープ上の釘のような表面タンパク質である。

A型、B型ではHA、NAがそれにあたり、C型ではHEがそれにあたる。HAはウイルスを構成するタンパク質の割合が最も高い40%である。HAの破壊や変質によりその感染力は失う。

ウイルスは自身が増殖できる細胞にのみ吸着する。HAはシアル酸に吸着するが、間違った細胞に吸着した場合、NAがその吸着を断ち切ることで再び遊離する。

宿主細胞の表面には糖タンパクがあり、その末端のシアル酸がウイルスのレセプターとなる。

このシアル酸の隣にはガラクトースがあり、ヒトではそれらの結合様式がα2-6、トリではα2-3になる場合が多い。

このように、ヒトとトリでは細胞表面の構造が違うため、鳥インフルエンザが直接ヒトの細胞に吸着する可能性は低い。

 

ウイルスの侵入

HAにより細胞表面に吸着したウイルスはエンドサイトーシスにより細胞内へ取り込まれる。

ウイルス粒子は小胞に包まれた形で細胞質に取り込まれ、エンドソームと膜融合を起こし、エンドソーム内に取り込まれる

 

脱殻

続いてウイルス粒子の中身RNAタンパク質複合体(RNP)が細胞質に放出される脱殻という段階になる。

脱殻の過程で関わるタンパク質の1つはM2タンパク質である。M2はプロトンチャネルであり、エンドソーム内の酸性pHで活性化し、水素イオンをウイルス粒子内へ流入させる。

それによりヌクレオカプシドを覆うM1の崩壊が起きる。

またHAがタンパク質分解酵素により切断され(HAの開裂)、立体構造が変化する。

HAの融合ペプチドが露出し、ウイルス膜とエンドソーム膜の融合が起きる。そしてRNAタンパク質複合体(RNP)が細胞質に放出される。

ウイルスゲノムの転写・複製

細胞質に放出されたウイルス遺伝子にはNP・PA・PB1・PB2が結合してRNP(リボ核タンパク質)の状態にある。

この複合体は核内に移行し、まずmRNAの合成を行う。

PB2の働きにより宿主細胞のmRNAからプライマーとなるキャップ構造とpoly A構造を切り取り、ウイルスmRNAを作る。

これによりウイルスのタンパクが大量に合成される。また、ウイルス遺伝子は、マイナス鎖からプラス鎖へ、そしてマイナス鎖へと複製されている。

 

ウイルスタンパクの合成

NP、ポリメラーゼ(PA、PB1、PB2)は初期合成され、核内に移行しRNPとなり、再びmRNAと遺伝子の合成を始める。

またHA、NA、M2は後に合成され、糖鎖の修飾を受けながらゴルジ体、分泌小胞を経て細胞膜に発現する。

ウイルス粒子の再構築

 合成されたウイルスタンパク質とウイルスゲノムRNAは細胞表面に移動し、新たなウイルス粒子を形成する。

ウイルス粒子の放出

出芽したウイルス粒子はシアル酸(レセプター)と結合した状態で存在する。

したがってNAがシアル酸残基の部分を切断することで新たに作られたウイルス粒子が遊離する。

インフルエンザ(ウイルス性呼吸器感染症)

臨床症状

気道炎症状として、

  • 咽頭痛
  • 鼻汁
  • 鼻閉

などがある。

風邪とは違い、

  • 悪寒
  • 発熱
  • 頭痛
  • 全身倦怠感
  • 筋肉痛
  • 食欲不振

を特徴とする。

合併症としては肺炎、インフルエンザ脳症がある。

治療薬

NA(ノイラミニダーゼ)阻害剤

  • オセルタミビル(商品名:タミフル):経口薬
  • ザナミビル(商品名:リレンザ):吸入薬
  • ベラミビル(商品名:ラビアクタ):注射薬
  • ラニナミビル(商品名:イナビル):吸入薬

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NA(ノイラミニダーゼ)阻害剤はA型、B型両方に有効である。

ウイルス自体の増殖を抑えるのではなく、増殖したウイルスが細胞外へ出るのを阻害する。

感染を広げないというもので、感染が広がった後では効果が無い。そのため、発症後早期(約48時間以内)に用いる。

M2プロトンチャネル阻害薬

  • アマンタジン(商品名:シンメトレル):経口薬
  • リマンタジン:アマンタジンのα-メチル誘導体。日本では認可・発売されていない

M2プロトンチャネル阻害薬はA型インフルエンザウイルスだけに効果がある。

M2タンパク質(ウイルスの細胞への侵入・脱殻に関わるプロトンチャネル)の作用を特異的に阻害する。

耐性ウイルスの発生によりインフルエンザ治療薬としては選択肢に加えることができない状況にある。

RNAポリメラーゼ阻害薬

  • ファビピラビル(商品名:アビガン):経口薬

RNAポリメラーゼ阻害薬のファビピラビル(商品名:アビガン)は、A型、B型共に有効である。

インフルエンザウイルスのRNAポリメラーゼを特異的に阻害し、ウイルスの複製を阻止する。

高病原性トリインフルエンザウイルスH5N1型を含む広範囲なインフルエンザウイルスに有効であり、ノロウイルスなどの他のRNAウイルスに対する有効性も示唆されている。

ただし適応対象は新型または再興型インフルエンザ感染症であり、他の抗インフルエンザウイルス薬が無効または効果不十分の場合に限る。

これは、むやみに使用されて耐性を持つウイルスが出現するようなことがあってはならないからである。厚生労働大臣から要請を受けて製造・供給が行われる。

予防策

インフルエンザワクチン

ウイルスを分解・精製したHAタンパクなどの成分の不活化ワクチンである。

体内に入れることで抗体を作らせ、症状の重症化を防ぐ。個人差、流行株とワクチン株の抗原性の違いなどにより、感染抑制効果は100%であるとは言えない。

現在の皮下接種ワクチンは感染予防より重症化の防止に重点が置かれた予防法である。

感染防御レベルの免疫を獲得できる割合は70%弱であり、2度接種した場合は90%程度まで上昇する。感染防御レベルの免疫を得られなかった者の中で発症しても重症化しないという割合は80%程度とされる

治療薬の予防目的使用

治療用の薬であるオセルタミビル、ザナミビルは予防用としても使用認可されている。

予防薬としての処方は日本では健康保険の適用外であり、原則的な利用条件が定められている。

日常生活

十分な栄養・睡眠

免疫力を高めるために十分な栄養・睡眠をとる。

手で目や口を触らない、マスク着用

患者の粘液や飛沫が目や鼻、口から入ることで感染するため、手で目や口を触らないこと、マスクの着用といったように物理的に侵入させない。

アルコール消毒

インフルエンザウイルスはエンベロープを持ちアルコールや界面活性剤により不活化されるため、石鹸による手洗いやアルコール消毒を行う。

湿度を50%以上に保つ

インフルエンザウイルスは湿度50%以上に加湿された環境では急速に死滅する。そのため、部屋の湿度を50%以上に保つ。

換気

換気をこまめに行う。空気清浄機を用いる。

うがいは効果がない

ウイルスは口やのどの粘膜に付着してから細胞内に侵入するまで20分程度しかかからないことやのどの奥で増殖するといった理由から、うがいはほとんど効果がないとされる。